↓こちらもお楽しみください。 ■一番忘れられない旅 すべてはここから始まった■ あれは、中学3年生の夏休みでした。「イギリスにホームステイに行きたい。」と何気に言った一言を父は聞き逃しませんでした。 そこから一生懸命パンフレットでいい学校を探してくれ、私の冒険が始まりました。 空港での涙ながらの家族とのお別れ、どきどきしながらのイギリスでのパスポートコントロール。そして、学校についてその大きさと外国人ばかりの環境にただただ圧倒されました。しかしながら、期待で胸をいっぱいにしていった少女の夢は引き裂かれることになります。 大きな人たちが、大きな声で、大きなゼスチャーで話している。アルコール片手に、タバコ片手に大声でさけんでる。頑張って声をかけても会話は成立しない。授業にはいくものの、友達が出来る雰囲気ではありませんでした。自主性がものすごく必要とされるのに言葉が通じない環境。 寮の部屋や、トイレで一人になると涙が止まらない、そんな初めての経験。 それでも、同じ年の子と友達になります。私達は11歳〜14歳までの子が集まる学校にいくはずなのに、人数オーバーでここにいるのだとか。校長先生に直談判に行くということで、ついていったりもしました。今思い出しても、中学3年生の英語力でどうやってコミュニケーションを取れていたのか不思議です。「何かをしなければいけない」そんな気持ちだけで動いていたのでしょう。 そんな張り詰めていた気持ちも1本の電話でもろくも崩れ去りました。父にこの状況を説明しているとき、頑張ろうと思っていたのに、どうしても涙が止まらなかったのです。今思い出しても涙が出るほど、そのときの気持ちは覚えています。「でも、大丈夫だから。」と何度も何度もなきじゃくりながら言ったことも。 そして翌日、校長先生に呼び出された私は11歳〜14歳までの子が集まる学校に行くことができたのでした。 そして、ここでの生活は全然違いました。同じ年の子達が集まっての共同生活、楽しい授業に優しい先生、そして週末ごとの遠足。 後で聞いたのですが、父が私との電話を切った後、すぐに学校に電話をしたのだそうです。そして「今すぐ学校を移動させるように。できないなら、今すぐ帰してくれ。」と交渉してくれたのだそうです。 もし、この経験がなかったら、今の私はいなかったでしょう。 ここにある、「旅行日記」も「買付け日記」もはたまた「Michey's Square」もなかったでしょう。 日記こそありませんが、私の一番思い出深い、忘れられない旅です。